2025年4月15日、自然エネルギー財団 シニアマネージャーであり弊社の特別顧問でもある高瀬香絵氏との意見交換会を行いました。
主な議題は、SBTの改訂、RE100の改訂、SSBJの動向等でしたが、本コラムではその中からSBTi企業ネットゼロ基準Version 2.0ドラフトについてお知らせします。
SBTiネットゼロ基準 Version 2.0の主な改訂ポイント
2025年3月に公表されたSBTiの新基準 (Version 2.0)ドラフト(以降「本ドラフト」)は、6月1日までコンサルテーション期間が設けられ、再度コンサルテーションを経て、最終版となる予定です。最終版は2027年から運用ということが予定されています。今回の意見交換会では本ドラフトに盛り込まれた大きな変更提案のいくつかについて話し合われました。
これまでSBTでは目標設定そのものが重視され、設定した目標に対する達成度合いについてはあまり注視されていませんでした。また長期的な展望のない短期目標の設定のみでも許容されていました。今回の改訂では、大企業はネットゼロを大前提とした目標設定が求められ、5年ごとにそのネットゼロ目標に対する進捗状況を評価して、進捗が芳しくない箇所は課題とともに公開することが提案されています。SBTは規制ではないので、達成できない場合の罰則ということではなく、その理由をしっかり説明することが求められています。また、先進国か途上国か、企業の規模(大・中・小)に応じて設定すべき目標が異なります。日本の場合、中規模以上の企業はスコープ1から 3を含む包括的な目標設定を、5年ごとの進捗評価を含む時間軸で行う必要があります。
スコープについては、これまではスコープ1から3の目標を合算することが可能でしたが、スコープ1、2、3それぞれ性質が異なることから、別々の目標設定が必要となります。 特にスコープ1で目標が未達の場合、それ以降の目標がもっと削減率が上がるといった案、加えて未達分は除去のクレジットの購入を必要とするといった案もあります。スコープ1の脱炭素化は、SBTiが参照している国際エネルギー機関のネットゼロシナリオやIPCCのシナリオでも、効率化以外には、1) 大幅な電化、2)電化した分の電気の脱炭素化、3) どうしても電化できない部分は水素、そしてCCUS、となっています。グリーン水素製造やCCUSにも、グリーン電力が必須です。つまり、スコープ2においてグリーン電力を大量導入していくことが、スコープ1の削減の基盤となるということです。
スコープ2については、マーケット基準でのアクションがSBTiが目指す世界全体のネットゼロ達成に貢献していないものも多いという査読付き論文に基づく批判もあり、これまでの「ロケーション基準 / マーケット基準 / 再エネ調達目標」から1つを選択すればよいというものから、改訂後はロケーション基準は必須、加えてマーケット基準かゼロ炭素電力目標の設定が必要となります(再エネ調達目標との違いは原子力が加わったことです。CCSとバイオマスはたとえサステナブルなものであってもゼロ炭素電力には含まれません) 。つまり、これまで自社のマーケット基準だけ見ていたところから、ロケーション基準の脱炭素化につながるマーケット基準の調達をすることへの意識づけを意図しています。
スコープ3に関しては、すぐに理想的なトレーサビリティのある削減手段による調達が難しいという現実を反映して、トレーサビリティ要件を緩める形で、投資を促すことを狙っています。高瀬氏によれば、鉄鋼連盟が提唱するようなマスバランス方式の活用も(少なくとも当面は)認められる見通しで、これにより需要を確保し技術投資を促し、技術が確立されたら通常のアカウンティングのルールに戻していくという流れになるのではないか、とのことです。
企業は1.5℃目標達成のため、必要に応じて業界団体等を通じて政府/電力会社/エネルギー会社とエンゲージメントを実施することも効果的だといえるでしょう。
さらに、本ドラフトでは、SBTiがこれまで不要としてきた第三者検証の限定的保証を大企業に対して求める提案も含まれています。
GHGプロトコルとSBTiの関係性
GHGプロトコルの改訂も進んでいます。この改訂については2027年まで議論が継続され、2028年に新ルールが適用される予定です。SBTとGHGプロトコル双方の担当者が両会議にそれぞれ参加し合って議論の整合が図られています。高瀬氏はGHGプロトコル改訂のスコープ2技術ワーキンググループにも参画し、世界中の有識者と議論を重ねています。高瀬氏は、インベントリにはマーケット基準が含まれているが、ベースライン&クレジット(削減貢献量)はプロジェクトアカウンティングに該当するため、インベントリの値と混ぜることはない点も強調されました。SBTでは脱炭素化を加速させるために、GHGプロトコルの領域を尊重しつつ、インベントリ以外の部分でトレーサビリティがない証書でも「間接的緩和」として進捗として反映させるなどの目標設定ルールを作成しています。これにより、2028年のGHGプロトコルの新基準適用を待たずに、新たな削減手法を先行して認める方針です。
目標の達成状況もバリデーション対象に?
SBTi CORPORATE NET-ZERO STANDARD文書には、「Once progress has been validated by the SBTi-designated Validation Body, companies that decide to renew their targets may use a ‘renewal claim’. (SBT指定のValidation body (妥当性確認機関)に(目標の)進捗状況の妥当性確認が行われた後…更新請求を用いることができます)」と記載されており、今後目標の達成状況が検証対象になるか否か、SBTiがValidation bodyを公募することになるか否か、等の動向については弊社としても注視してまいります。
ネットゼロ整合ベンチマーク値
ネットゼロと整合するベンチマーク値として、スコープ1排出量は2050年までに2020年比で89%削減が挙げられていますが、スコープ2排出量に関してはロケーション基準・マーケット基準共に2040年までに 0 tCO2eにすることが目標とされています。このうちロケーション基準については企業は何も手を打てないのではないか、との意見も出ましたが、マーケットはロケーションに影響を与えるものでなくてはならないという考えから、上述のような企業からのエンゲージメントも期待されています。また、SBTiは規制ではないので、基準案から読み取れる内容は、更新時に未達の部分は、その分析を公開するということで、一緒に課題の解決をしていこうという意図です。
日本企業への影響と求められる対応
今回のSBTi企業ネットゼロ基準は、これまでのSBTiに対する批判に対応したものです。SBTi参加企業は世界の時価総額の約40%を占めており、日々拡大しています。SBTiが本気でネットゼロを目指す企業の経済圏としてビジネスケースを作ることができるように、今回の改定案は“リアルな脱炭素化”を重視した提案となっています。
また、今回の改定は特に、多くの参加の機会が設けられています。設定企業数2年連続世界一の日本企業は、自分たちがこのネットゼロを本気で目指す経済圏でビジネスケースが作れるように、どんどんインプットをしていくことが重要です。
今後も弊社では、このような国際的な脱炭素化の動向を正確に把握し、企業の持続可能な成長に向けた対応策を提案していきます。
<参照>
CNZS V2.0_Consultation Draft with Narrative
科学に基づく目標設定イニシアチブ(SBTi)の基準改訂案が発表:2040年までの電力セクターの脱炭素化は日本企業の競争力に直結する | 連載コラム | 自然エネルギー財団
排出量(インベントリ)と“オフセット”は別々の開示を:GHGプロトコルへのさらなる整合のために | 連載コラム | 自然エネルギー財団
